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August 12, 2014

(CMJ)レニングラード包囲戦その2

 ただいま第2ターン終了。次のターンもドイツ軍補給判定必要なし。やったぁ。

Turn2e


 ソロプレイしていて、たとえば、「ん?EZOCに入るとき、戦力が同じだったらどうするんだっけ?」とか思って、ルールを読みますよね。

 そんで、ルールブックを読んで「あー、そうか。」と思うわけですけれども、で、そのときに関連ルールに目を走らせていたら、「浸透移動できるのは、最初からEZOCにいるときだけ」というルールを発見して、「・・・うわ、間違えてた。敵に隣接して1、浸透して6、向こう側に出て7、とかやってたよ。どおりでドイツ軍の進軍スピードが速いわけだよ。」と気づくと、ガッカリしてしまう。

 ゲームをやり直したくなる。だって、現在の盤面は間違えたルールによる結果なんだから、なんだかこのまま続けるのはインチキっぽいじゃないですか。

 でも一方では、「ルールの誤りに気づくたびに、いちいちやり直してたら、終盤までプレーできないじゃんか。それはそれとしていっぺん最後までやってみようよ。」とも思うんですな。(エラーをするのが野球だし、ルールミスをするのがゲームでしょ。)

 これは、ソロプレイ特有の悩みといいましょうか、そもそも、対戦相手がいないから、相手からやり直しを要求されないし、まして間違えていたけどプレイを継続すると言う、妥協を求められたりもしないわけで。(まあ、でも今回の例の場合は流石にやり直すかもなぁ。)

 そもそも、面白いと感じたいからゲームするわけです。んで、ゲームはプレイしないと面白さが判んないわけです。んで、ゲームのプレイは、ソロプレイでもルールに従うわけで(そりゃそうだ)、そうなると、このゲームの面白さっていうのは、「正しいルール運用による展開」が面白みなのか、それとも、「多少ルール間違っていても、ゲーム展開がダイナミック」なところが面白みなのか、どうなんだってことになってくるんですね。

 ゲームのコンポーネントはおよそ何十回とプレーしても破れたりしないような材質で作られてはいます(まあ、厚紙だよね)が、現実的に考えると1つのゲームを3度以上プレーすることってほとんどないわけです(特に私は)。ほとんど毎月のように新作は出ますし、旧作でやり残したものも(文字通り)山のようにありますし。

 だから、プレイのやり直しについて、悩んでしまうんですよね。そして毎回思うんです。どうして、初回からルールを完璧に運用したゲーミングができないんだろうかと。この際思い切ってコマンド誌に聞いてみようか。
Q:レニングラード包囲戦のルールを正しく運用できません。どうしてなんでしょうか。
A:あはは。

ダメか。

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